雨の日に喫茶店で泣くのも、わるくない2008年06月22日

 相方と客のあまりいない静かな喫茶店へ本を読みにゆく。
 木の階段をあがった二階で、外は小雨が降りしきっていた。
 ガラス窓に当たる雨を眺めながら、本を開く。
 野球のボールを持った二十歳ほどの青年に話しかけられる。野球のコツについて熱心に語りはじめ、こちらも熱心に聞いてしまう。少年野球で教えているらしい。
 最初は少しなにかに苛立った感じのある青年だったが、すぐにうちとけた。
 僕は子供の頃、野球が不得意だったので、こんなコーチがいたらさぞ良かったにちがいないと、今さらながら思う。
 話が途切れ、僕は本を読みはじめる。外はまだ雨。
 本を読んでいると、前のテーブルの下で若い女が泣いていた。なにを泣いているのかわからないが、慰める言葉も義理もないので、ほっておく。そのうち泣き止むと思ったが、なかなか泣き止まない。まるで自分の家で泣いているかのように、さめざめと泣き続けている。よくまあそんなに泣けるものだと関心しながら女を見ると、目があった。慰めの言葉が無いので、代わりに微笑んでみた。女も微笑みを返す。
 やがて先程の青年が女のそばへ寄って来て言う。どうやら連れだったらしい。青年も目に涙をためいた。
「雨の日に喫茶店で泣くのも、わるくないね」
 女が、うれしそうにうなずいた。
 
 そこで目が覚める。横須賀の海のようにドス黒い四十男の見る夢ではない、と気恥ずかしくなる。でもまあ、わるくない。